新月に贈る白昼夢
交わる吐息。
絡む指先。
交わした口付け。
繋げた身体。
「っつ…ルー、ク……」
慣れぬ絶頂を何度も向かえ、疲労と悲壮からとうに意識を手放した、まだ、未熟な肢体に己の種を植え付ける。
低い呻きと共に放たれた白濁は、許容を超えた内部から納まる事無く溢れ出し、その内腿とガイの腹部を汚した。
この数日で、長い時欲していたものが多く手に入った。
眼下に広がる、手にしたそれらを瞳に映し、鬱蒼と笑む。
だが、自覚していた。
一番欲しているものが、手の内にない事を。
気付いていた。
其れがこのような振る舞いの行為で得られるものではない事を。
世界は、神は、何時も己に残酷だ。
何時も一番欲するものを与えてくれない。
手にする方法も教えてくれない。
ガイは未だ己と繋がる、自身を失いながらも涙を零す愛しい体躯に視線を向け、己の愚行に嘲笑を零し膿んだ様に笑んだ後、
力の抜け切った手を取り恭しく口付けた。
この狂った時の永遠を願って。
新月に贈る白昼夢
下腹部を襲う圧迫感に、混濁し失われていた意識が急速に現世に引き戻される。
淡い光の下で、己の現状を目の当たりにし、体温の上昇を嫌でも感じた。
「んっ…ああ、起きたか?ルーク」
覚醒の反動による、不随意な熱い柔肉の締め付けに生じる快感にガイは小さく呻く。眼前に広がる光景に、
この名も知らぬ場に繋がれた月日によって既に見慣れた浴室に連れ込まれている事を認識する。
気付けばけして広くない空間が常ならば発すること自体がありえない、己のものとは思えぬ男を煽る甘い喘ぎに満たされている。
其れを認識した瞬間、意識が失われる前まで執拗に行われていた行為をこの場で更に行っている事を漸く解した。
「が、いぃ…あん、あ、もぉ…やぁぁ、あ…」
「ごめん、な…ルーク…体、清めるだけのつもりだったんだけど…はぁ…でも、お前が可愛過ぎるから…はっ、いけないんだ…」
「やぁぁあ!…もぉ、むりぃぃ、あっ、ああ」
自らを犯す者が浴槽に浸かり背後から突き乱している為、表情は覗えなかったが其の声、仕草は悦に満ち感じ入っていた。
こうなると己の些細な拒絶など届かない。
寧ろ、其れを発することで彼の感に触り行為の内容が酷くなる。
其れを身を持って学習しており、今は只、男が与える苦しいながらも悦楽を感じる情交に、この身に与えられる快楽の波に心身を委ねた。
解せなかった。
何故、聡明な彼がこんな振る舞いを心友である自分に施すのか。
好きだった。
其れは恋などとは呼べない、稚拙なものであったかもしれない。
だが其処には、確かに愛が存在していた。
彼は、ガイは他者の血で汚れきった己を愛している、と言ってくれた。
此処に連れて来る際も。
一方的な情事の最中も。
只、傍に在るだけの時でさえ。
何故、普通に告げ、求めてくれなかったのか。
罪深さに己の想いを伝える事は無かっただろう。
それでもこの穢れた躰で良いのなら幾らでも、捧げたのに。
通ずる事で、彼まで穢してしまう事が只怖くて。
背負った罪による必要以上の盲目さが、自身を臆病にした。
運命を刻む歯車は、狂いに狂って、遠に墜ちるところまで墜ちていたのかもしれない。
只世界の、何より愛する彼の幸福を願っただけなのに。
何も解せぬまま、身体を繋げる行為に傾倒し、遂には何も見えなくなった。
最初から其の答えはすぐ傍に在った、というのに。
気付けなかった。
互いが互いを穢すことを極端に恐れた為に。
己の中では名も無き此の場に身を置いてから、一つの季節が過ぎようとしていた。僅かな光が差し込む、
小さな嵌め込みの窓から目に映る景色は其れに合わせようと
色を毎時移り変えていく。
「あ………」
其処に閉ざされた此の部屋には無い彩を見て、遠に枯れたと思っていた水が両緑眼から落ちた。久しく目にする其れに笑みが浮かぶ。
「俺……まだ、人間だったんだ………」
違う、人間じゃない。
ニセモノだ。
殆ど無意識下に零れた己の言の葉に嘲笑しながら、己の手の甲に落ちた其れを愛おしそうに指先で掬い、愛でる。
限界など、遠に超えている。
今思考しているのも、自ら本来の精神によるものなのかどうかも知るに至らない程に、疲労し、己を失っていた。
いや、もしかしたら己など、そんなもの最初から無かったのかもしれない。
「疲れたな…」
静寂に只一つ、鮮明に響く。
近くもなく、遠くもない。
見えられるが、手に入らない。
まるで今最も欲している形無いものに似ていると切なさが胸を駆けた。
水平線に入る己の持つものと同色の朱を、最期と言わんばかりにその翠に焼き付ける。
そして其れが見えなくなる前に、情事後の睡眠時にガイから掠め取った短剣を懐から現し鞘から引き抜くと振り上げ、
一気に己の胸元に下ろした。
二番目に欲す、静寂を得る為に。
肌を、頬を打つ音が鳴る。
気が付けば、空間に彼の荒い呼気と己の僅かな嗚咽が響いていた。
己の手にしっかりと握られていた鈍色の刃は手元から消え去り、今は呼吸を乱したガイによって強引に奪い取られている。
刃に擦ったのか、其の無骨な剣士の掌からは鮮血が流れていた。
「何をしていた?」
重力に従い、床に落ちる赤い其れを呆然と見つめていると、常時よりも格段に冷たく低い声が、遠く耳に届いた。
何を、そんな事を問う必要などあるのか。
状況を見れば第三者であろうと、己が為そうとしていた事は一目瞭然な事であった。
刃を心の臓に突き立てれば誰だって、ニセモノである自分であろうと命を落とす。
其れは不自然な自らにも当てはまる、自然の理。
そんな事をわざわざ問いかけるとは。
頭の切れる彼が一体どうしてしまったのか。
朧気な思考の中、そんな事を考えていた。
「別に。ただ、お前に、ガイに一方的に抱かれるだけに生きることに生きてる意味を見出せなくなった。というか、最初から意味なんか無かった。
こんな羞恥にはもう耐えられねぇしよ。死ぬことにした。只其れだけだ」
大根である自分が、よくまあこんな風に本心を隠す演技を身に付けたものだ、と心中で感心を覚えたが、当然表には出さない。
「お前も、俺を使っての性欲処理に飽きたんだろ?丁度良かったんじゃねぇか。何で邪魔すんだよ」
そうだ。ガイはもう自分に飽きている。そんな確信があった。
ガイほどの使い手が、寝込みとはいえ隙を突かれ自らの刃を盗まれるという失態を犯す筈が無い。
現にくすねた際、彼は起きていた。
其れなのに自分の手に剣を持たせたのは、暗に死ねと述べていたのだろう。
ガイから短剣を掠め盗ったのは一週間前。以来、我を失うほどの激しい情事の間でさえ、時折彼に緊張が走っているのを感じとっていた。
射抜く様な強い眼差し。
其れが意味するものとは、ひとつ。
自身で命を絶つ事への促し。
そう。それでいいんだ。
己のエゴで何万人という人々の命を一方的に奪った、救いようのない罪人には勿体無いくらいの死に際だ。
愛する者から受ける、死の宣告。
誰一人救うことが出来なかった愚者には勿体無い死の由縁だ。
知らなかった、では済まされない。知らなかったこと自体が罪なのだから。
「自由がきかない今、お前のために俺が出来ることといったら……死ぬこと…。お前の前から消えてやることぐらいだから…」
微塵の音素もこの地に残さず、文字通り消えてやるよ。
己へ向けた嘲笑を含んだ視線を向ける。
同時に本音を包み隠した言葉を吐露した瞬間、ガイの利き腕が再び振り上げられるのが視界の端に映った。
ああ。また殴られるんだなと脳が認識し、自己防衛の為に無自覚に目を固く瞑る。
死を覚悟したこんな時でさえ、機能する反射能に表に出さない嘲笑が零れた。
世界から視界を遮断する寸前に翠に映ったのは、男の泣き顔の様に歪んだ顔だった。
だが。
「えっ…!?」
衝撃に耐える為に固くなった身体を襲ったものは、それは意外なものだった。
心地良い温もり、愛すべき香りに囚われる。背に感じた何処か脆い強さを感じさせる其れは、何処までも優しくて。
「が…い?」
一体此れはどういうことなのだろう。どういう事を示しているのか全く解らなかった。
不意に与えられた現状に似つかわしくないそれらに混乱の淵に落とされる。
「誰が…死ねと言った…。誰が消えてもいいなんて言った。許さない、許さないぞっ!!」
状況に付いていけず、またガイの発する言の葉の意味も解せず何の反応も示せずに突っ立っていると、
急に廻された腕が外され前面から強い力で押された。
重力に逆らう事は出来ず、そのまま背後にある寝台に倒れ込む。
間髪置かずにガイが圧し掛かかり、寝台がぎしりと大きく軋むのを感じた。
こんな状況で抱く気か。やや呆れてものも言えない。
違う。
本当は怖いんだ。ガイに、必要とされていないということを認めるのが。
だから本当は悦んでいた。再び触れてくれた事に。まだ必要とされていた事実に。例え其れが性欲を満たすためだけであったとしても。
誰かに必要とされることは嬉しい。それが愛しい人ならなおさら。
自虐の思考に囚われていたその時であった。己とガイが身を横たえる寝台に強い衝撃を感じたのは。
同時に天蓋の柱が大きく軋む音が室内に響いた。
首を巡らせ見れば、頭のすぐ側に組み敷く者の拳がうたれシーツが波打っていた。
全く状況が理解出来ない。それにより行動に映せずに茫然としていると、頬に落下物が当たる衝撃を感じた。
けして硬度のあるものではない。それは触覚から分かる。
だがその感触は、鋭利な刃物で切り裂かれるよりもずっと痛みを感じた様な気がした。
正体を悟りながらも、其れを認識するのが何故だか怖くて。
「ちがう…違うんだ。俺の本当の望みは…」
震える声に、怖いのに、知りたくないのに。見たくて、知りたくて。
己の内が発する危険の制止を振り切り、顔を上げた。
其処にあったのは。
泣いていた。
何筋もの光る軌跡を後に残して、只ただ水は流れていた。
今まで一度も見た事の無い、彼の生み出すそれに魅せられる。
「俺がお前にナイフを与えたのは…お前に…死んでほしかったからじゃない」
言葉を発する間も、止めどなく碧眼から生温い水が零れ落ち、己の肌に布地に其れが染み込んでいく。
綺麗だと思う。
苦痛に耐えるように歪むその顔も、ただ重力に従い落ちることしか出来ない塩辛いだけのただの水も。
「俺は…お前にその刃で俺を殺してほしかった…。俺からお前を解放して欲しかったんだ……!!」
「が…い…?」
告げられた言葉に驚愕に瞳が見開くのを感じた。彼は一体何を言っているのだろう。
一瞬これは、夢もしくは自分が創り出した幻の類のものではないかという疑念が頭を過ぎる。
「好きなんだ…ルーク。愛してるんだ…大事にしたいんだ。でもお前が俺から離れていくのが怖くて…想像しただけで俺は。
だからお前をこんな目に…。」
だが絶えず紡がれるガイの真撃な想いに、これが現実のものであると自覚させられる。
「自由にしてやりたい。以前の様にいつも笑っていてほしい。でも…俺はお前を手放してやることが出来ない。だから…」
その刃の切っ先で俺を突いて?俺を殺して?
声にならなかった言葉が蒼い双眼で語られる。
望んでいる筈なのに、愛して欲しいとはけして語らないその唇を初めて純真な想いで愛おしいと感じる。
一筋の涙が頬を伝った。それはいつしか何筋も顔表を流れ落ち、何時しか寝台を覆う布地に染みを作るほどになっていた。
彼を想う分だけ創られ、流れていく想い。
(ここにいていいの?この世界に居てもいい?…ガイの傍に居ても…いいの?)
「ガイ…俺は…」
否定されるのが怖くて秘め、抑えていた言葉を紡ぐ為に口を開く。
其の時だった。
視界が急に暗くなり、目の前にある筈のガイの顔が見えなくなったのは。激しい吐き気と頭痛が身体を支配していくのを感じ、
救いを求め重い腕を虚空に無意識に伸ばす。
指先を包む温もりに彼が自分に応えてくれた事を触覚で知り、嬉しくなる。
(おれは…おまえの…そばに……)
伝えるべき言葉を伝えられないもどかしさを感じながら、それでも抗う事の出来ない思考の揺れに、遂には意識を手放した。
残された聴覚が、己の名を悲痛の色が濃い声で何度も呼ぶ音を捉えていた。
文章がうまく繋げません。
誰か、助けて下さい。
2007.12.31
2008.1.4修正。